2011年04月08日

あれから5年・・

de3cafc2.jpg明日4/9は母方の祖母の命日。亡くなってからもう5年が経ちます。

当時の自分は2つ目の会社(ITベンチャー)に所属していて、転職活動の真っ最中。約5年間ひたすらに働き続けたため、「次は少しのんびりした会社を探そう・・」と思っていたりしました。

しかしそんな最中の悲報。そこで知ったのは、自分が「仕事」に関して物心つく前に亡くなった母方の祖父が日本にマーケティングという概念を持ち込んだ視察団の一人だったこと、某企業のマーケティング役員をしながら、本を書いたり、大学で講義をしていたこと、などでした。


正直、憧れました。自分の将来のロールモデルに思えた。褌を締め直さなきゃとも思った。

そうして、広告コミュニケーションに関して日本で最も影響力があり、かつ恐らく最も忙しいと言われる会社への転職を決意したんです。


そこでのキャリアを経て今は別の会社で新規事業に立ち上げから関わってきましたが・・正直、最近は自身の今後の方向性が見えなくなっていた。なので色々な人と会ったり、普通に遊びに行ったりする時間を増やしていました(逆にこの1年は本当に無茶をしていたなぁとやや反省もしてます)。

今は本当に、何処に行っても、誰と会っても、必ず何かしらの気づきがある。現在過去未来について、今までと違った解釈がもたらされる。そして、過去を受容できたり、目の前の人間関係を違った角度で見る事もできたりし初めています。


そんな中、昨日また新たな気づきがあり(抽象的ですみません、、)さてこれからどうしたものかと思っていたところに、この「4/9」という日の訪れ。そこに何かしらの意味を感じられずにはいません。


思えば10年前にも同じような時期がありました。そこで取った選択肢は、タフな環境に違いないけれど・・アパレル業界を去り、ベンチャーの世界に飛び込んでみようと思ったこと。そこから自分のマーケティングのキャリアが始まりました。当時は今と同じく、本当に全ての事象に意味を感じていました。それだけ、自身が真剣にアンテナを張り巡らし、五感(六感?)や本能を信じて「あがいて」いたのでしょう。


今回の一連の気づきが自分にどんな選択肢をもたらすかはまだ分からないですが・・今はただただ流れに身を任せてみようと思っています。


■関連記事
天国のばーちゃんへ。 ※ちょっと悲しい日記です
【マーケティングとは】 ― 祖父の志を継いで



  

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2010年12月31日

「公私混同」ソーシャルメディア利用のメリット・デメリット

2010年はtwitterが大ブレイクし、その中で、個人が、個人でありながら仕事用途でソーシャルメディアを使うケースも、ブログ→SNSを経てtwitterで大きく拡大しました。ところがこのような流れのなかでよく耳にしたのが、「ソーシャルメディアのアカウントを仕事とプライベートで分けるか否か」という議論。これは「仕事/プライベート」「分ける/分けない」といった2分法では(それぞれの言葉の定義が広いため)なかなか話が難しくなってきます。なのでここで双方のメリット・デメリットを少し整理してみようかと思います。


ソーシャルメディアの「仕事利用」。その目的や具体的な用途は以下のようなものでしょうか。



  • 個人として情報や意見を発信し、メディア(媒体=CGM)となる

  • 異業種交流会、勉強会、セミナーなど「リアルの場」で知り合ったと、ビジネスのスタンスで交流する/関係性を強める

  • ネット上での共通の趣味関心などから、非リアルでありながら交流する/関係性を強める


※ここでの「仕事用途」からは企業の公式アカウントや「中の人」など、企業としてのソーシャルメディア利用は除きます(この場合は完全に個人ではなく企業の1スタッフとしての立場だからです)。


一方、当然ながらプライベートでの人間関係の維持/交流/強化を目的としてソーシャルメディアを利用する場合もあります。twitterで言えば、@によるフォロワー同士での複数人での会話(=ビッグチャット)などがその代表例でしょう。


ここで、前述の議論について、メリットとデメリットを書き出してみます。

■メリット
・急に話は大きくなりますが・・社会学の研究対象でもある、第32代アメリカ大統領のフランクリン・ルーズベルトがとった「炉辺談話(fireside chats)※」のように、仕事用途での情報発信を主体とする人が、趣味や私生活、時には感情的な部分を見せることで、そこに「人間性」が垣間見え、関係性が強化される(と言うと大袈裟ですが、つまりは普通の「人対人」のコミュニケーションに近くなる)。
※当時の最新メディアであるラジオを通じて国民との対話を重視し、自身の私生活などまでも話題とすることで国民の支持を集め、アメリカ政治史上で唯一四選されたというエピソード(出展:Wikipedia)

・読み手にとって普段は接しない情報を発信することで、情報の「選択的接触」を崩し、新たな気付きを与える可能性がある。


■デメリット
・読み手(ブログ読者やSNSのフレンド、twitterのフォロワー)にとって、ブログであればカテゴリ分け、SNSであれば日記のタイトルなどでおおよそ内容を判別し、「読む/読まない」を判断することもできるが、しかしtwitterの場合、複数のジャンルの情報がタイムライン流れてくることでタイムラインが埋もれる事をを嫌う人もいる
・そもそも読み手が特定の情報のみ~仕事もしくはプライベートのどちらか~を望んでいる場合、その双方を強制的に発信してしまう


* * *

今回、この議論について結論をまとめるつもりはありません。ただ、上記のように整理をしてみようとしたところで、実は上記の「プライベート」にも、以下のような「幅」があり、それをどこまで「プライベート」と呼ぶかは人によっても違うし、また同じ内容であっても、それが許される人とそうでない人、許される場合とそうでない場合があると感じています。


<様々な「プライベート」>



  • 趣味に関する情報収集や、それに基づく発言

  • 個人の私生活(食事や出かけ先に関する写真投稿や発言)

  • 仕事や生活に関するの愚痴

  • (主にリアルの)特定個人間でしか分からない会話

  • 親しい友人にのみ言うべきような話

  • 相手を特定しない、たんなる“つぶやき”

  • 酔っ払った勢いでの発言



例えば、ブログで生計を立てているような人(当然、読者も沢山いて「メディア」となっています)が、極めて限定的な人にしか分からない内容(しかもリアルでの人間関係に関すること)などを発信したとします。この場合を、この例だけで「良し悪し」を決められるでしょうか。読み手によっては「こういう話はどこか別のところでやってくれ」と思うかもしれません。別の人は「この人もこういう側面があるんだ」と感じ、よりファンになるかもしれません。



また、こんなケースもあると思います。

■メリット:その他のケース
ちなみに・・また違った切り口として、(自分の例になってしまいますが)自分はマーケターとダンサー、2つの立場を混同して利用しています(後者は仕事とも趣味とも、またはプライベートとも取れます)。これはセルフブランディングに非常に役立っていて、ネット上での交流が主である方にリアルの場でお会いした際、「あ、ダンサーの方ですよね」と覚えていて頂けることが多い。そんなケースもあったりします。


■デメリット:その他のケース
こうした「仕事用途」というのは非常に線引きが曖昧です。また業務でこうした領域に深く関わっていない人にとっては、非常に「分かりにくい世界」でもあります(「分からない方が悪い」とは一切思っておらず「どちらかといえば分かりにくいほうがよくない」とは思っています)。
そのため、例えばリアルの人間の友人同士、恋人同士などで悩み相談やケンカなどをしたすぐ後に、ソーシャルメディア上でまったく別の顔で発言をしていたりするのを見て、相手の気分を害してしまうこともあります(自分も経験があり、その際にはリアルの世界できちんとお詫びをしましたが・・)。
※そもそも「ソーシャルメディア」も色々あるので、個々のソーシャルメディアごとに話は変わってくるかもしえません。


* * *

と書いてきて、やはり結論を出すつもりはないのですが、1つだけ「やってはいけない」と思うのは、このように曖昧な「場」であるが故に、受け手・読み手たる人は発信者の発言を様々な解釈で受け取ります。そして様々な反応を返してくれます。また、発信者たる皆さんも、「公」「私」を、自分なりに明確に線引きできているかというと、それも非常に難しい。

そんな状況の中で発信者となる人は、(明確なガイドラインでも明示していない限りは:いかなる利用法にせよ個人としてのソーシャルメディア利用でそこまでやる必要はないと思っていますが)「自分はこのように使っているから、このようなRTは困る」といったような事を言ってはいけない。そもそも、ネット上で世界に公開されている情報である訳ですし、そこに表現されていない部分を第3者がコメント、リプライやRTなどで補足したとしても、それはリアルのコミュニケーションでも起こりうる(むしろリアルでこそ起こる)、極めて自然な行為だからです。



以上、まとまりのない投稿になってしまいましたが・・先ほど自分のtweetに対して幾つかご意見を頂いたので、140文字では表現できない部分も含め、ざーっと書き出してみました。


ちなみに以下は極めて私見になりますが、ただ結局ソーシャルメディアは「人そのもの」。なので用途を分けるかという議論は、リアルの世界での会話を「相手によって区別するか」とも近いものがあり、それもまたケースバイケースで、先ほど述べた「意見や関心事に幅がある/相手に合わせて空気を読める」、「直感的な発言が良い/何でもかんでも話しすぎる」・・など、同様の「賛否両論」があるのかなと思います。

つまり、ソーシャルメディア上のコミュニケーション力は当然、属人的なものだし、それはリアルのコミュニケーション力と直結する。結局・・まずはリアルでのコミュニケーション力を磨きなさい、ということなのかな、と自分では思ってしまいました。


2010年ももうすぐ終わりですが・・この1年、自分自身にとっては、マーケティング界においてはtwitterが、ダンサーとしてはSNSやYouTubeが、大きく人間関係を広げてくれました。正にソーシャルメディアに助けられた1年。とはいえ今回書いたような課題は自分自身でも感じているので、来年以降も、引き続き考えていこうと思っています。

  
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2010年10月27日

広告主の担当者も、もっと(広義の)セミナーに行くべきだと思う。

いつも拝見させて頂いているsmashmediaさんのtweetでふと思い出したことなんですが、広告系のセミナーには広告主からの参加者がいつも少ない印象を受けます(広告代理店、もしくはソリューション事業者の方が多い)。逆に、ASPサービス主催のセミナーなどは当初から広告主を(見込客として)対象としているので広告主の方が多かったりしますが。

自分はその「広告主」の現場(かつマネジャー)という立場の人間なのですが、基本的に、広告/販促/マーケ/PR/SMM/クリエイティブ/ツール/ソリューション/事例セミナーや勉強会/懇親会/オフ会など(区分けはMECEではないですが列挙してみました)に出来る限り参加してみるようにしています。※このご時勢、なかなか経費もおりないのでほぼ自腹で行ってますが(汗


<ここから話題を「広告系」セミナーから「広義のセミナー=講義や勉強会など全般」に広げます>


で・・正直、(広義の)セミナーの中には「当たり外れ」もあります。それは「内容自体が薄い、ネット上で言われていることと大差ない」ような場合と、「自分のサービス・組織」にはそぐわない、の両方です。前者の場合は純粋にがっかりすることもありますし、後者についてはそもそもセミナーで語られる内容は「そのサービス・ソリューション・顧客」がマッチして始めて事例となっている訳ですから、中にはどうアイデアを転がしても自分のところに当てはまらない場合もある。

* * *

と書いたところで、それでもなお自分が重要と思っているのはこの「自分のサービス・組織に当てはめて考える」ということなんです。

セミナーに参加していて、最後の質疑応答などでよく見る光景が「会社の経費で来ているんだから、帰ってすぐ提案に使える内容を知りたい」という意見。でも、それは違うと思います。例えばインプットが中心の(=狭義の)セミナーであれば、それはあくまで「ケーススタディ」。それを自分の置かれている環境にあてはめて、アイデアの種にしたり、社内稟議やクライアント提案のヒントにする、そういう思考法を身に付ける、ことこそがセミナーに参加する意義であり、「お土産」なのではないかと思うんです。

更に言うと、この感覚はネット上に上がっているレポートを見るだけでは決して体験できない。講師の方が話しているその瞬間に頭をフル回転させて、その場で直接、もしくはtwitterでインタラクティブに質問を投げかけてみたりする。このテンポで普段から仕事をしていれば、無駄な会議やブレストはきっと減っていくはず。

また、インタラクティブに行われる勉強会/懇親会のメリットは明確で、「違う現場にいる同じような立場の人たちと意見交換できること」。この関係は会が終わったあとも続いていくし(そういう意味では個人としてで良いので、公開できるtwitterアカウントは持っておいたほうが良いと思います)、同様のことは前者のセミナーでも、隣に座った人と休憩時間などにちょっと立ち話をするだけでも実現できる。

* * *

というように、「(広義の)セミナーに行く」ということは、=参加費や仕事を抜ける対価に応じた「即効薬」を得るということではなく(だからこそ「得るものがなかった」「レポートが出せない」という発想になってしまう)、あくまで自分の現在の組織・サービスにおけるアイデアブレストや社内での通し方などを、(そこで会話した内容だったり、出会った人とのその後の意見交換などを経て)促進させるきっかけ作りなんだと思うんです。

だからこそ、セミナーに参加したら、いつか何かしらの形で(もちろんそれはその場で聞いたことと全くかけ離れていてもいいんだと思います)社内に対して、お客様に対してアウトプットしていかないといけない。そうでないと、社内の上司はいつまでたってもこうした社外の活動すらも「即時的な費用対効果」でしか評価してくれないでしょうから。
  
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2010年09月09日

「ECの未来を語る」座談会レポート(1)

すっかりレポートが遅くなってしまいましたが・・去る8/19に、北欧雑貨のECクラシコム社長の青木耕平さん※と初めてお会いしてきました。
※twitter上で自分の「ECサイト」「お客さま主義」関連のtweetをよく拾って頂き、逆に自分もまたよく拾わせて頂いていたので、「想い」が似ているんだろうな、と思っていましたが、お会いしたところ実際イメージ通りのお方でした!

ちなみに今回はセミナーや会食などではなく、「ECの未来について考える」といったテーマの座談会に傍聴者として参加してきたんですが、何と参加者は自分が長年ECのマーケターという立場から「ネットビジネスにおけるお客さま主義」の考え方※について勉強させて頂いていたsmashmedia河野さんと、同じくtwitter上で気になっていた、「組織論とお客さま主義のジレンマ(これ、事業会社の中の人ならみんな悩む課題のはず)」などについて興味深いブログ記事を書かれているフジイユウジさんという嬉しいメンバー。

※河野さんはコールセンターの現場や事業運営側の立場(=中の人)のご経験があるため、同様にアパレルやコールセンターの現場を経てECのオンラインマーケターに転身した自分としては「ECサイト運営ってこういう事あるよね」「ECサイトってそもそも『ネット』である前に『商い』なんだよね」などの「中の人」目線ならではの問題提起に非常に感銘を受けていました。もちろん「オンラインマーケティング×ECサイト運営×お客さま主義」という「ビジネス全般」を視野に入れた考え方も然り。


さて。今回のレポートでは、まず座談会から気になった意見を幾つか抜粋し(抜粋の都合上、一部文章のつながりなどを編集しています)、最後に自分の感想を書いておきます。※原文=完全なメモは後ろにつけておきます。

なお内容が非常に濃かったため、前編の今回は主に「事業運営の視点」から、「そもそもECサイトとは?」議論にフォーカスしています(後編では「ECサイトにおける顧客とのコミュニケーション」についてまとめる予定です)。

* * *

<以下、座談会から抜粋>

K:河野さん
A:青木さん
F:フジイさん

■はじめに:座談会開催のきっかけ
A:
・なぜECについて話したかったか。そういう場はあるが、同業では戦術的な話になってしまい、マーケターやエンジニアと話すと技術論になる。そこで現場の立場で藤井さんと話したかった。河野さんも顧問なので関わって欲しかった。ECがこうあって欲しい、のヒントがあるのではないか。クラシコムは年商1億に届かない程度。河野さんはBOOKOFF。大小さまざまな立場で共有したい。



■集客について
F:
・自分が関わっているECは実店舗がある。「ここがECはじめたのか」でお客さんが着いてしまう。ゼロベースで始めた青木さんが広告を打たなかったのがすごい。でも自分も看板以外で、リスティングはギリギリまでガマンした。
・店舗に来れない人のためにECを始めた。SEOはもちろんやっていた。ECはSEOがうまくいきやすい(品番とかでLPが山ほどあるから)。

K:
・BOOKOFFの話。在庫僅少のものと大量にあるもののマーケティングは違う。1点ものはお金のかかる広告をやってもムダ。売り切れのページに誘導するだけ。クラシコムはメルマガでうまくいった。リスティングやるなら在庫連動しないとダメ。


■理想のECとは
F:
・そもそも「通信販売」なのでは。通信販売には歴史がある。もっとプリミティブに言えば「商い」である。物流は進化したが、それ以外はそこまで変わっていないのではないか??・深夜空いていなかったり、距離が離れていたり。そういったGAPをネットで埋めている(※今後のECを考えた時に、決済・物流の進化はあるだろう)。

A:
・昔アメリカでカタログ通販が生まれた頃から、通販で売れやすいものは変わっていない。健康食品、衣料品、食品とか。ところが最近はEC=バーチャルなお店となり、通販には向かない商品が売れている傾向も(配送が困難だったり)。

K:
Amazonが宝石を扱ったからボロ儲け、は△。一番儲かるのは送料(or儲かるのは粗利が高いもの)。
ECをキチンと定義する必要がある。距離/時間のGAPを埋めるだけなのはECではない、単なるネット「通販」。本屋の取り寄せは(客注)素晴らしいが、取りにいく手間がある。これを一般消費者に解放するのがネット書店の定義。ニッチなものにまで注文が出せるからこそlongtail。

F:
ECは店舗より安くて当然でしょ?と思われているが、実際は維持費が高い。サポートを増員したくてもコストがない。製造のグローバル化により粗利が高くなれば、ようやく成り立つ。


■ECに「楽しさ」はあるのか??「自動販売機型」の進化
K:
自分はドンキホーテは嫌い。家電量販店も大半の人にとっては楽しみではない。買う事が目的の人は「買えないこと(見つからない、遅いとか)=ストレス」求めているのは高機能の自動販売機。一方で目的が曖昧な人は店の回遊を楽しめる。※「自分がやりたいこと(事業者都合)」だけをやっても失敗する。

F:
Amazonが怖いのは、決済、倉庫、物流すら解放して、モール化が進んでいる。楽天と圧倒的に違うのは、この場合、消費者が「Amazonで買ったと思う事」。近未来はGoogleのチェックアウト機能。Googleで検索してGoogleで買う。それこそ自動販売機でよい。GoogleでなくてもAmazonでもいい。



<ここだけ自分の考え>
買い物だけをしたいターゲットにとって、自動販売機型のECは間違いなく成長する。だがそれ以外にもターゲットや市場はある。クラシコムさんやウチの場合の「近未来のEC」は「生活や新しい価値観の提案(=メディア化)」ではないか??

→市場がまだ狭い場合は、そもそも動機が強い人向けのサイトでも、楽しさを伝える啓蒙は必要なのでは??(自動販売機としての機能の追及と、啓蒙=市場拡大コンテンツの共存)

※クラシコムさんでいえばそもそも扱っている商品を買って、「フィット」する暮らしを目指す、といったような「生活の提案」とか/ウチで言えば海外個人手配旅行(⇔パッケージツアー)の楽しさの啓蒙や、逆に初心者の不安を払拭するようなコンテンツ。



■最後に&問題提起
K:
「儲かるEC」の話。インターネットで誰でもお店を持てるようになった。そういう人たち(小さくても、ニッチな良い商品を扱っている人たち)が食べられるようになることが大事。皆が何億、という話ではない。本来、ECの魅力はそこ(誰でもお店を持てる)だったはず。



これって、シンプルだけど究極的な話ですよね・・と、抜粋だけでも長くなってしまいましたが、今回感じたのは「ECは岐路に立たされている」ということ。昔「Googlezon(懐かしいですね)」という未来の予言動画がありましたが、あながち間違っていない。そんな中で、MECEな区分けではないですが「指名買い」「価格コンシャスな層」「コモディティ」などは、確実に「自動販売機型のEC」に向かっていくと思うんです。

しかしその一方で、「現場(売場)」出身のECのマーケターとしては、やはり買い物に「楽しさ」も提供したい。そして、その方法はきっと色々あるはず。

○まだ市場が狭い商品、サービスであれば、まずECサイト上での啓蒙による市場拡大が必要(お金があればマス広告や統合PR戦略で市場を創れるのかもしれないけど)

○価格コンシャスな商品、サービス(特に価格破壊が進みすぎているもの)に対し、価格以外の価値や選択基準を説明する(「海外格安航空券」なんてまさにそうですね)

○頻繁に買うものでなければ、サイトに「遊びに来てもらって(もしくはメルマガでも)」ブランド接点を維持する。そこでの「楽しさ」は商品の入れ替えだけでなく、読んでいて楽しい、ためになるスタッフブログや、それが難しければいっそコンテンツ借りたりしてメディア化(極論、日替わりの4コマ漫画とかでもいいと思ってます)する、でも良いのでは


* * *

【ここで問題提起】「ネット通販」と「EC」は異なるものになる??
「ネット通販」と「EC」に違いがあるとしたら、前者はあくまで手段(チャネル)を指した用語で、後者は「E:ネット上の」「Commerce:交流・交易※」。であれば、個人的にはECの未来って、「自動販売機型」=「ネット『通販』」と、「何かしらの楽しみや交流があり、購入もできるサイト」=「EC(今の定義より狭義)」に分かれて行くんじゃないかなぁ、と思うわけです。

※実は「Commerce」の「com」はcommunity,company, communicate等に見られるように、「一体化する・参加する」とか「分かち合う」という意味を持っています(遡るとラテン語の「communio」がそもそもの語源らしいです)。そこに+「merer(=ラテン語で「稼ぐ」)」で「commerce」。そう考えると、何かしらの交流があって、双方に利益がある(サイト側は販売による利益、消費者は商品を買うという「体験」や、それに付随する情報、日常のコミュニケーション)などがあってこそ、「e-commerce」なんじゃないかと。


ただ・・「顧客とコミュニケーション」する、「情報を豊富にする」というのは、小さな事業体ではなかなかできない。でも(ちょっと飛躍しますが)インターネットってパソコン通信の時代から、「お互い助け合い、相互補完する」ものだったはずです(SNSの原型)。そう考えると、小さな事業者であっても、まさに今日で言うところのソーシャルメディアと上手に接し、ネット上の集合知の力を借りることで、自分たちだけではできない「コミュニケーション※」を実現することもできるのではないかなぁ、と最近考えています。


※この「ECにおける顧客とのコミュニケーション」は非常に深い話になりそうなので、あらためて後編としてまとめたいと思います。












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2010年08月26日

東芝のキャンペーン「20XC」は、何が「違った」のか?

8/23のローンチ以来、twitter上で話題になっているタカヒロさん企画の東芝のスペシャルコンテンツ(スペコン)「20XC」。今もtwitter上ではスペコンからの投稿や、この企画の意図やゴールを巡ってのご本人も交えた議論が続いている。

ここではその内容は割愛して、自分が関心のある「コミュニケーション」の観点で、このスペコンが従来のものとどう「違うのか」を考えてみたい。

* * *

これまでも、ユーザー投稿型で、かつ「新しい」「広がりのある」のスペコンは沢山あった。昔でいえば例えばAUDIの「問い続ける男」しかり、スラムダンクの一億冊記念サイトしかり。

前者は、投稿した内容に対してメールで回答が送られてくるという仕組みが話題になり、実際に20万件の投稿、100万PVを稼ぎ、マス広告を伴わないキャンペーンとしては異例の成功と言われた。しかしこれには他のスペコン同様、「業界関係者の間でしか盛り上がっていないのではないか?」という疑問があり、当時自分も同じ事を感じていた。

また後者は逆に、サイトを通じてユーザー同士の「繋がり」を呼び、リアルも絡めたキャンペーンにまで発展した。結果、第3回 東京インタラクティブ・アド・アワードでグランプリに輝いたのは記憶にはっきりと残っている。しかしこの例の場合は、新聞全面広告を基軸にしており、当然、相当なコストが投下されていたことが予想される。


では今回の「20XC」は何が違ったのか。それは至ってシンプルに考えると、「投稿された情報が」「(サイト外の)twitterというコミュニケーションプラットフォーム上に放り出され」「ソーシャルグラフを辿って(←ここはやや誤認かもですが)、これまでスペコンがサイト単体ではリーチしにくかった一般のネットユーザーにまで伝播した」という事ではないだろうか。


そしてその「伝播」を円滑にするために、

1.投稿(tweet)の方法や文面に工夫※がなされた
※この「工夫」については議論や解説が多いので割愛

2.クチコミで辿り着いた先が「リッチコンテンツである【ここがポイント】」ため、一般のネットユーザーも「エンターテイメント」として思わず引き込まれた(このサイトが重い、作り込み過ぎ、といった批判もあるが、これが簡素な受けサイトだったら一般のネットユーザーは中にまで引き込まれないだろう)


という事なのではないかと。そしていみじくも、これまで(マス連動でない)スペコンの場合の参加数やPVの大半を占めていたと思われる「業界関係者」が、twitterのコミュニケーションプラットフォームにおいては一般のネットユーザーへの橋渡し役となっていた。これも興味深い。


もちろん、タカヒロさん本人がローンチ直後からリアルタイムでこのキャンペーンの是非について議論をし、さながらオーケストラの指揮者のように多くのtwitterユーザー(自分もこうしてブログを書いているのだからその一人な訳だが)同士の議論を活性化させた、というような面での「twitterやスペコンの新しい使い方」はあったかもしれないが、本質はあくまで前述の部分ではないかと思う。


* * *

また、このキャンペーンのゴールについても様々な議論がある。でも自分が思うに、今日ではある種コモディティにも近いメモリカード(海外製も含め、メーカーはどこでも良くなりつつある=価格コンシャス)市場において、ブランディングをきちんと行い、消費者の選択肢にきちんと入れ込む事という、「プロダクトありきの『広告』が旧来から持っていた役割」ただそれだけでまずは良いのではないかと思う。

そういった意味で、このキャンペーン(スペコン)は、「プロダクトの広告」の、極めてシンプルな旧来の役割を、一方で新しさや技術だけが着目されがちなtwitterというプラットフォームにのせて体現してみせた。そういう価値がある。


今日、「旧来の手法の広告は効かない」と言われているけれど、「広告」というものの本質的な狙いや目的は変わっていない訳で・・それを新しいプラットフォーム(コミュニケーションインフラ)に上手くのせることで、そういった論調にアンチテーゼを唱えているようにも見える。

このキャンペーンによって我々は、一昔前の「広告が効いた時代(そもそもそんな区分はないのだけれど)」と同じ仕組みの中に、自らの意志で取り込まれていったのではないだろうか。

  
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2010年08月25日

「仕事は楽しいですか??」

今日、仕事で長くお付き合いのある人(というか友人)から「仕事は楽しいですか?」と聞かれて、即答で「つまらないです」と言った(笑)。でもそれには続きがあって。大企業であればあるほど(管理職であれば尚更)、1日の大半はつまらない「have to do」の仕事。そこに工夫して「want to do」を何割のせていくか(10割を超えるけど・・)。そして「have to do」をどれだけ楽しむか、が大事なんじゃない?と答えた。

そうすれば実はトータルでは「めちゃくちゃ楽しい」状態だったりする。逆にここで「have to do」をサボって「楽しい」ことをやろうとしても誰も信頼してくれないし、「have to do」が10割だとして、そこで疲れ果てて何もしなくなっては、それこそ終わってる。だからこそ、いかにこの2つをセルフマネジメントして、更には「have to do」の中にも「楽しさ」を見出していくこと※が重要になってくる。あとはそのシェアを少しずつ増やしていって、最終的に五分五分くらいで、かつ10割におさまる位が「現実的に」バランスのとれた状態なんじゃないか(もしかしたらもっと「楽しい」シェアを上げられるかもしれないけど)。


※昔アパレル新入社員時代にずっとレジ打ちだけさせられていて「こんな筈じゃなかった、早く接客をしたい」とそりゃーもう苛立っていたとき、当時の店長(人生の師匠の一人です)が「お前はまだ気付いていない。レジにずっと居るという事は『売り場で何が売れているか』を全部把握しているということで、それははお前だけだ。だからその販売動向を分析して、本社のバイヤーにどんどん情報を送ればいい」とのアドバイスをくれた。もちろん、その日から自分の仕事に対する意識は俄然変わりました。そして何を隠そうその店長も、昔同じようにずっと倉庫で仕事をさせられていた時「返品されてくる商品の傾向」をひたすら分析していたんだとか。それがその後、商品開発の仕事に関わったときに非常に活きたんだそう。この話は自分のキャリアにおいて、自分の部下には必ず語り継いでいます。


* * *

自分はこれまで業種においてはアパレル/インフラ系のネットベンチャー/総合広告代理店/オンライン旅行会社、規模においてはベンチャーから従業員数万人単位の会社まで、職種においては現場(販売の売場やコールセンター、飛び込み営業とか)から本部(企画・マーケ部門、新入社員のトレーナーなど)まで、それはまぁ色々経験してきたけど(そしてそれらの全てがいつもドタバタしていたけど)、この話はビジネスマンとして自分を見つめる際、誰もがどの側面おいても当てはまる話なんじゃないかと思ってます。今日の友人との会話のなかでこの持論をふと思い出したので、ポストしておきます。


ちなみに・・皆さんはどうですか??  
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2010年08月16日

ソーシャルメディアに対する「誤解」とは(2)

前回の投稿からすっかり間があいてしまいましたが、「ソーシャルメディアに対する『誤解』とは」の後編です。

■今回のテーマ
前回は「ソーシャルメディア」の「メディア」の定義の受け止め方によって「誤解」が生じているのではないか?という内容でした。今回は【企業は生活者(消費者)の生活の場に土足で踏み込んではいけない】、この昔から当たり前に言われている「常識(?)」を、少し社会学の観点も交えて考えてみたいと思います。


■「ソーシャルメディア」についての前回の要約と、その「質の低下」
とはいっても結論はシンプルかつ当たり前の話で、「企業やブランドは人格を持って生活者(=消費者)と相対すべき」って事だけなんです。そもそも今日のようにブログやSNS(mixiやGREE、Facebook)、twitter(これらを総称してCGM:Consumer Generated Mediaといいます)が普及した世界では、生活者一人一人が、自由にネット上で発言をしたり、会った事のない人と会話をしたり、おすすめ(口コミ)を信じたりしている。ちなみにこういう「場」を、「ソーシャルメディア」と言います(前回この辺をちゃんと書いてなかったので補足しておきます)。

で、前回書いたように、それを「テレビに変わる新しいメディアだ」といって広告会社がクライアントに提案しまくってきました。「ソーシャルメディアを使えば、安く口コミを起こして商品が売れる」と。でも(繰り返しになりますが)ソーシャルメディアは決して「メディア(媒体)」でもなければ「広告枠」でもない。それを勘違いしたサービスの例として、「○円払うからブログ記事を書いてください」という広告モデル(PPP:Pay Per Post)というものがあり、その結果としてこういった事に慣れていないブログ(ネット)初心者ユーザー中心にお小遣い稼ぎの「価値のない」記事がネット上に蔓延した。更にはそれを見て「騙された」と思った人が消費者センターに駆け込んだりして・・おそらく近いうちに、国もそれを放っておけなくなってくるのではないでしょうか(ちなみにこうした「悪循環」を統制しようという団体がWOMJ:Word Of Mouth 協議会:口コミマーケティング協議会で、自分も会員として参加させて頂いています)。


■ソーシャルメディアにおける「過ち」
一方、ネット上でのコミュニケ−ションに慣れた人達は賢いです。こうした
「やらせ」記事はすぐに発見され、クライアント企業がつるし上げられる(海外ではウォルマート、国内ではソニーのメモリースティックウォークマンの例が有名ですが・・注:例としては古いですが、同様のことは小規模ながら今日も多数、かつ絶えず生まれています)。でも、本当にいけないのは、ソーシャルメディアの本質を知らずに/もしくは隠してクライアントに提案している口コミ事業者であったり、もしくは、やや極論ではありますが「玉石混交」のネット上の情報を鵜呑みにしてしまう生活者だったり※するんです。

※これは身近な一般生活の例に置き換えると分かりやすいです。誰でも、道端で通りかかった見知らぬ人の言う事を信じて買い物をして失敗したとして、果たして文句を言いますか?というだけの話なんです。なので自分たちは、業界を正すと同時に生活者に対してもこうした「ネットの基礎知識」を啓蒙していかなければならない。


■社会学的な観点から―「匿名的な他者との接触」
で、社会学の話です。そもそも社会学は(非常に簡略化して言うと)産業革命以後のヨーロッパに「都市」が成立し、地方から都市への人口の移動が起こり、それまでのいわゆる「ムラ社会=通りかかる人が誰であるかを皆が知っている」小さなコミュニティから、「見知らぬ人との接触がある」社会へと変容したことに伴って、1つの学問としてその産声を上げました。

ここで一気に時代をワープさせます。ネットは「都市における匿名的な他者との接触」において、人と人とのコミュニケーションから「距離」と「時間」の概念を取り払い、(良い意味で)結果として「全く知らない人」とも会話をしたり、コミュニティ上で意見を交わしたり情報提供しあって助け合ったりするようになった。これは初期のネット(メーリングリストや掲示板など)がもたらした「革命」であり「コミュニケーションの進化」です。

# ここでの「意見交換の場」を、同じく社会学で考えると「中世のサロン」もしくはハバーマスの「公共圏」の概念が当てはまるかもしれません。この部分は自分でももっと掘り下げてみたいと思っています)

ところが・・リアル世界でのコミュニケーションに目を向けてみてください。「都市における匿名的な他者との接触」が当たり前になった今日では、例えば電車の中で本や携帯を見て無意識に自分を防御したり、ガラガラの電車の中で次ぎに乗ってきた人がいきなり自分の隣に座ってきたら恐かったり※(これらは厳密には社会心理学ですが)・・といった自己防衛反応が働いています。ところが、これまでネット上ではその「機能(本能?)」がなかった(弱かった)。結果として「騙された」「ネット上の情報は危険」という風潮が、マスコミ報道なども含め助長されつつあった時期もありました(最近は少し減った気がしますが)。


■社会学的な観点から―では今日のコミュニケーションについては??
前述のようにCGM全盛の今日になり、ブログやSNS、特に(日本ではまだあまり普及していませんが)「実名や実経歴を前提としたSNSである」Facebookの普及に伴い、ネット上の人間が「匿名的」ではなくなってきました※。そうなってくると・・会った事もなく、距離も、時間も超えているけれど、前提として「正しいバックグラウンドを公開して」ネット上でコミュニケーションを取る人が増えてきた。これは、もしかすると社会学成立以前の、「ムラ社会」と同じではないか、と。

※一方で日本で先行して普及しているmixiも、名前こそ偽名が多いものの「リアルでの知り合いが中心の繋がり=匿名ではない繋がり」に移行した感があります(サービス開始当初は知らない人同士の繋がり要素がありましたが、今ではどちらかと言うとリアルの人間関係を補完する「仲間内のコミュニティ」要素が強くなっています)。ただmixiの場合は「知らない人には見せなくない」という点でfacabookとは大きく異なっていますが。


■それでは・・企業のソーシャルメディアメディアとの接し方は?
こうして考えると、CGMによって生活者同士がコミュニケーションを行っている「ソーシャルメディア(やはり「メディア」とつくからややこしいんですね)」において発言するには、【自分も身分を明かさなければならない】。それは企業においても同様で、ソーシャルメディアの中に入れてもらい、その中で一般の生活者と企業がコミュニケーションを取るためには、まさに企業は「人格」を持たなければならない。例えばtwitterにおいてsoftbankが、経営者(孫さん)自らが自らの責任において発言しているように。

でも「企業は人格を持って生活者と接しなければならない」という事は昔から普通に言われてきたことですし、そしてもちろん「ネットの新しい技術(サービス:twitterとか)やデバイス(iPhoneとか)は決して「メディア」ではなく、あくまでコミュニケーションのインフラ」にすぎないというのも改めて言うべき話ではないのかもしれません。でも同じ「誤解」が繰り返されるのは、やはり多くの人がまだこの「ソーシャルメディア」を本当に理解できていないからなのではないかと思うんです。

でも、これまで書いてきたように、至ってシンプルに言えば、ソーシャルメディアに企業が入り込むには、一般生活における生活者のコミュニケーションに接するのと同じ※、ということなんです。道端の井戸端会議にいきなり会社の営業マンが商品を売り込みに割って入ったり、お茶の間にいきなり土足で踏み込んだししたら嫌がられるのが普通なのと同じ。というかそもそも・・担当者レベルで、「一つの人格をもった企業として」「世の中の会話に興味を持てるか・参加したいと思っているかどうか」、これが最も重要な気がします。


企業内マーケターの方々、広告会社の方々、はたまた経営者の方々、ネット上で数多く行われている、ともすれば玉石混交な会話に、本当に(多くの時間を割いて)「参加したい、自分も一緒になって意見を交わしたい」と思えていますか??



■最後に
ソーシャルメディアの普及→広告会社が間違った使い方(「媒体」として提案)をする→炎上の事例ができる→企業の意思決定層はより一層、ネット、特にソーシャルメディアを「リスク」と考え、踏み込みにくくなっている。

自分は、個人としては所属する組織のマーケターとして正しい事例を世に示しながら(なかなか時間のかかる作業ですが・・)、一方ではソーシャルメディアに関する様々な事例や意見が集まってくるWOMJに会員として所属している立場としても、(あくまで個人的にではありますが)こうした「間違った理解」を正していきたいんです。

でもこれは「ソーシャルメディア」や「ソーシャルメディアマーケティング」、はたまた「インターネット」に限った話ではありません、その他広告においても、CS(CRM)においても、はたまた企業としての様々な営業活動においても、こうした「リアルでのプリミティブなコミュニケーションのあり方に立ち返ること」こそが、ビジネスにおいて生活者との接点が多様化した今日において間違った判断を起こさないための非常に簡単な「心構え」であり、そもそもそれこそが「お客さま視点」なんですよね。


※次回の内容は未定ですが・・「社会学×マーケター」「販売員&コールセンター出身×マーケター」もしくは「ダンサー×マーケター」である自分の、ちょっと珍しい(?)経歴を通じて感じた今日の(特にネットにおける)マーケティングに関する疑問・問題提起を、細々とではありますがこのブログで続けていこうと思っています。


▼前回の投稿
ソーシャルメディアに対する「誤解」とは(1)
  
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2010年07月23日

ソーシャルメディアに対する「誤解」とは(1)

この数ヶ月、現職での業務、ネット上の情報、その他さまざまなセミナーなどで感じた広告業界における「ソーシャルメディアに対する誤解」を自分なりにまとめてみました。特に目新しい内容は無いかもしれませんが、自分なりに「概念の整理」はできたかなと思います。

※もし間違った認識や異なる見解などありましたら、ご指摘頂けたらと思います。


■はじめに
自分はこれまで、twitterやブログなどを通じ、「ソーシャルメディアは『(広告)媒体』ではない」、あくまで「生活者がCGM(ブログやSNS、twitterなど)を通じて意見を交わす『場』」にすぎない」と言い続けてきました。これは言うまでもなく多くの識者の方も同じ事を提言しています。しかし、未だに「ソーシャルメディアを使って儲ける/成功する云々」といった触れ込みが絶えません(もっとも「正しい理解・使い方※」をしているのであれば問題ないのですが・・)。
※それでは何が「正しい」のか?については後日また書きます。


では「なぜこうした『触れ込み』」が生まれてしまったのでしょうか。もちろん、広告会社が「新たな広告枠です」「お金をかけずに(クチコミを発生させて)認知度や売上を伸ばせる手法です」と売り込んでいった背景もあります。でも彼らもビジネスですから、それは当然といえば当然の営み。そこに説明義務があったかどうかはここでは論じません。

ここでは逆に、そうした提案を受けるクライアント側にこそ「正しい理解」が必要だったのではないかと思うんです。なぜなら、彼らは最終的な「お客さま=消費者(生活者」)と直接の接点を持ち、コミュニケーションを行っているのだから。


■メディア(media)の意味
そもそも英単語の「メディア(media)」には様々な意味があります。goo辞書で調べてみても、

(1)手段。方法。媒体。特に,新聞・テレビ・ラジオなどの情報媒体。
(2)情報を保存する外部記憶装置の媒体。磁気ディスク・MO ディスクなど。
(3)情報を頒布する手段。コンピューターの分野では,(2)のメディアに加え,通信回線などが利用される。

とある。ここで特に注目したいのは(1)です。(1)をもっと掘り下げると(その際には社会学における「メディア論」などが有用なのですが、その視点からの考察は次回以降に回します)、大きく2つに分けられます。それは、

(1)-1:情報がある人から別の人へ伝達される際の媒介手段(wikipediaにも同様の記述があります)
(2)-2:媒体としての「メディア」、特にマスコミ


それでは「ソーシャルメディア」における「メディア」は、上記のどちらにあたるでしょうか。そう、「コミュニケーションの媒介手段」の方なんです。決して「情報媒体」ではない。もっと言うと、「情報媒体」であるためには、(これも「メディア論」的になってきますが)幾つかの一定の機能を持たなければならない。例えば「A:速報性や独自性があり、一個人では入手できない情報を発信できること」、「B:世論を代表していること」、「C:権威ある正しい情報であること」など(これはまだ私見の段階なので、これから情報を集めていこうと思います)がそれにあたると思います。


■ソーシャルメディアの「役割(範囲)」とは
上記のA、Bについては「ソーシャルメディア」も一定の「媒体」としての価値を持っているかもしれません。Aについて言えばtwitterの速報性には特筆すべきものがありますし、Bについて言えばネット上の「集合知」の仕組みが今後もっと広い世代に浸透していけば、それこそ世論を形成する可能性もある。

ところがCについてはどうでしょうか。ご存じの通りネット上の情報は正に「玉石混交」です。でもこれは決して悪いことではなく、そもそも我々が暮らしている日常社会でも同様です(当たり前ですが)。だからこそネット社会以前には「権威ある正しい情報の発信者」としての「メディア(情報媒体)」が信用され、重要視されてきた訳です。


■課題と展望
ところが今日、「マスメディアの崩壊」→「ネット=情報媒体=(少し飛躍しますが)全て信用できる情報だという認識の広がり」といった論調が後押しした結果、そのソーシャルメディアも「情報媒体」として捉えられるようになってしまった。ここで少し脱線しますが、以前にライフネット生命出口社長とお話しをさせて頂いた際に「生活者には(ネット上の)“玉”と“石”を見分ける能力が必要だし、それが劣っている」というご意見を伺いました。

出口さんはネット上のコンテンツのような「情報」に限らず、生活、組織、企業、経済、政治など全ての分野において横断的に「過保護な『無菌状態』は良くない」「競争と自然淘汰のある社会であるべき」と説かれています。伝統のある業界No.1の生保会社に30年以上勤められた方からのアグレッシブなご意見(?)に、非常に驚いたと同時に非常に嬉しかったのを強く覚えています(だからライフネット生命を興されたのでしょう)。

* * *

さて脱線から戻ります。つまり今日のネット社会において必要なのは、

1.2つの「メディア」の違いを、特にクライアント企業が正しく理解すること
→ソーシャルメディアはあくまで「コミュニケーションの媒介手段」であり「場」である)

2.生活者には(ネット上の)“玉”と“石”を見分ける能力が必要
→これはネットマーケティングに関わる“一個人”として、出来る範囲から少しずつ啓蒙していきたいと思っています。

3.そのうえで「新たな権威」たるメディア(情報媒体)が必要?
→ これはオールドメディアのネット版や、ネットメディア(共に情報媒体)さんに頑張ってもらいたいですね。CGMよりも権威のある情報を集め、信頼を得、読者を確保することができるか。そのためには媒体者さん自らとしても、1.2.の啓蒙が必要なんじゃないか、と思っています。


(続く)

  
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2010年07月15日

【訂正】本日参加したWOMJ事例共有セミナーにつきまして

※本日参加したWOMJ事例共有セミナーにつきまして、公開禁止とされていた内容に関する記述をエントリーしておりましため、本エントリーに掲載しておりました内容を削除させていただきました。関係される方々には深くお詫び申し上げます。  
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2010年07月12日

「ソーシャルメディア時代の広告・プロモーション」レポート

すっかり遅くなってしまいましたが、6月24日に行われたファインドスターさん主催のセミナー「ソーシャルメディア時代の広告・プロモーション」(別名:タカヒロさん「VS?笑」 イケダノリユキさん)のレポート(といってもセミナー中の走り書きのままですが)をポストします。

このセミナー、1時間で2万円(!)と、しかもこうした社外でのマーケ関連活動は全て個人(自費)で参加している自分にとっては相当ハードル高かったんですが(汗)、実際には2時間弱?と、非常に濃い内容になりました。その後の懇親会でもお二方とお話することもでき・・特にいま、所属事業のSMM推進担当(実際はマーケ関連業務全てやってますがw)として、WOMJ会員として、そして社会学の見地から今日のソーシャルメディア(SM)を考えている視点からも、非常に勉強になる、インプットの多いセミナーでした。

ちなみにセミナーの内容自体は(想定されていたことでしたが)「言葉の定義」に関する議論が中心となったため、参加者のtweetなどからは「もっと即、明日から社内提案やクライアント提案に使える説明(説得)や論拠が欲しい」といった声。でもそれはやっぱりこうした場で「まずはSMMの本質を理解し」→「いったん「基本的な」コミュニケーションという枠組みに思考を戻して」→「個々の課題を明確化し」→「個々の所属組織や課題に対して自分でアレンジする」でなければ、と思うんです。イケダさんも別のセミナーで「SMMは魔法の杖ではない」と言っていたし。


セミナーの議事メモは追記部分に載せておきますが、今回何よりも興味深かったのはタカヒロさんの「社会学では『3人』から関係性が代わり(『社会』の最小単位)社会学の範疇となる」「facebookはお互いのプロフィールを公開している」の2つの別々の発言。

社会学の視点では、産業革命以後、それまで地縁や血縁、友情で深く結びついた伝統的社会形態である「ゲマインシャフト(テンニース)」から、都市での「他者」との接触が生まれ(「ゲゼルシャフト」)、それを研究対象として生まれたのが社会学。そうすると、現代はインターネットという「次の革命」により「更なる他者」が出会う時代ではないか、とつねづね思っていました。

でもSMを通じて・・「(時間や場所さえも超えた)更なる他者」が出会うようになったけれど、一方でFacebookのようにお互いのbackgroundは分かる。という事は、時代はぐるっと回って、プリミティブな人間関係から距離と時間の概念がなくなっただけに戻っているのではないか?と思う訳です。

となると社会学以前の人間関係に非常に近く、「SMに土足で踏み込まない」「企業は人格を持つべき」と言った「よく聞く」話も非常に説明しやすい(「ムラ社会」に「よそ者」が入って行こうとする訳だから:そういえば映画「アバター」も、こういう文脈に沿っていたなぁ、とか思い出してみたり)。そんな気づきがありました。


あと個人的に気になって今後の課題としたいのが、「絆」「キズナ」の日本的な(日本語的な)解釈。セミナー中や、その後もtwitter上でこの言葉の定義について議論がなされていましたが、そもそも英語で「engagement」と表現されるこの言葉の自分なりの定義・解釈も見つけてみたいな、と。

と、このセミナーは今の自分が置かれている「3つの立場」においてそれぞれ気づきと課題を与えてくれた訳で・・あとはそれらをどう「アウトプット」として発信していくか、ですね。。そこを頑張っていかねば。










■エンゲージメントとキズナの違いって何なのさ?(ikedanoriyuki.jp )



▼セミナーの議事メモはこちら▼


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2010年07月07日

あっという間の七夕

985e19e9.jpg写真は去年の七夕の夜。地元のスタバのテラスにいたら、突然雲に切れ間が!あまりの荘厳さに思わず写メ撮ってブログ書いたのを覚えてます。

その前にスタバの一階にあった短冊にマーケティング関連の願い事を書いて、ブログにも同じようなこと書いたんだけど‥ほんと一年って早い。

* * *

この一年で、残念ながらマーケティング業界における大きな成功事例は作れなかった。もちろん社に対しては新しい試みを幾つも提案・実行してきたけれど、やはりこれまでとのスピード感の違いや意思決定権の違いもあり、連続した戦略にまで結びつけることが出来ていない。

ただ一方で、WOMマーケティング協議会メンバーとして多くの(それまでは雲の上の存在だった)アルファブロガーの方々や各界の識者の方々と交流することができ、名前を覚えて頂けた事は、遅れこそとっているものの自分の将来の夢に向けた前進ではあったかなぁと。

あとは‥今後のキャリアパスを考えた上で、またこの一年を振り返った上で、果たして今の居場所が適切なのかを改めて見つめ直す時期に差し掛かっているのも事実。

まずは自分が以前から一つのマイルストーンにしていた年齢となる約3ヶ月後の誕生日までに、もう一度、自身の置かれている環境の分析と課題の抽出を行ってみよう。

* * *

今晩もまた、一瞬でも良いので空が晴れる事を祈りつつ‥一年後の自分に向けた備忘録としてこの日記を綴っておきます。
  
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2010年07月04日

【再掲】ブロガーイベントでの講演を終えて

このブログはマーケター×ストリートダンサーという妙な肩書きの都合上、両方のエントリが混在してるのですが、先ほどガ島通信の @fujisiro さんに過去ブログ記事をRTいただいたので、直近のマーケ関連エントリを再掲出しておきます(最近はダンス関係のエントリばかりだったので・・)。

ブロガーイベントでの講演を終えて(2010/6/11)

というか他にもSNSもamebloもYouTubeもあるので、このブログはもっとマーケ色を強くしていこうかなぁ。。  
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2010年06月13日

ライフネット生命 出口社長のセミナーうぃる

これから、1こ前の日記の中でも書いた自分的カリスマのライフネット生命の社長、出川さんのセミナーに行ってきます。過去にも大規模セミナーに行ったことはあるけれど、今回はなんと10人規模!楽しみなのと緊張で無駄に焦ってます。。

思えば前職の代理店時代、某大手損保会社さんのネット専業新規事業の開業をお手伝いさせて頂いて以来(そして奇遇にも現職も旅行会社のネット専業新規事業なんですよね)、というかもともと保険業界に興味もあり、また何よりも以前のセミナーやtwitterで少しお話しした際の出口さんのそのお人柄を非常に尊敬しているので、今からとても楽しみです。

感想はまた追って書きますー!
  
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2010年06月11日

ブロガーイベントでの講演を終えて

5ed6ac5d.jpgブロガーイベント開催から早3週間。すっかりレポートが遅くなってしまいました。何よりまだまだ立ち上がったばかりの事業、そこまで大掛かりなことでなくとも限られたリソースで通常業務を行いながら準備を同時進行していたので、直前期は毎日ほぼ徹夜だったような。そして案の定、イベント終了後にはお客さま&スタッフの皆を送り出したあとその場に崩れ込んでいましたw(今となっては笑える話だからいいんです)

さて今回行ったのは「ネット航空券販売『業界の裏側公開』 ブロガーMTG」。前から書いているように、そもそも自分がこの業界(オンライン旅行業界)に転職したのは「海外旅行の個別手配という市場・商慣行が本当にグレーだから」「自分自身も海外個人旅行でいつも『?』という事が多いから」の2点。兼ねてより(勝手に)尊敬しているライフネット生命さんの事業方針(不透明な生保業界・商品をガラスばりにし、ネット専業の特性を活かして安価にかつ誠実に販売する、といったニュアンス)と重なるところも多く、同じような想いを持ってプレゼン資料片手に(笑)今の会社の面接を受けたのが2年前。その当時から「一般ブロガーさんの協力を得て市場を広げる」ことの大切さを訴え続け、長い時間を経てようやく第1歩を踏み出すことができました。

ここでライフネット生命の出口さん(日本生命出身の、日本の生保業界における「生き字引」たる方です)の過去の講演内容を引用すると、「生保業界は各社が自社商品をどんどん複雑にして(様々な特約など)他社との比較をしづらくし、乗り換えを防ごうとした結果、自分たちも自社商品が分からなくなり、主にお特約において保険金の未払い問題を引き起こしてしまった」「何よりもお客さまにとって、分かりやすい商品が求められている」のだそう。だから同社は「保険料率を全て公開」し「比較サイトともリンクし堂々と比較をできるように」し「そして誠実にネットマーケやセミナーを中心に広報活動を行い」市場からの期待と支持、信頼を得て雑誌の保険人気ランキングの常連となったんです。

* * *

では海外旅行のFIT(Free Individual Travel:個人手配旅行〜個人旅行とは限らず、個別に手配する旅行のこと)に目を向けて見るとどうか。イベントでも話したんですが、今日の旅行業界には「ゼロコミッション化」という言葉があります。これは、旅行会社が航空券を代理で販売しても、販売マージンを全くもらえない状態のこと。これって普通に考えたらとんでもないことで、旅行会社が自由に付加価値(サービスと、それに見合った企画料などの対価)をつけて販売できるパッケージツアーと異なり、個別手配の場合は航空券を売っても売っても利益がないんです!

その昔、航空会社は旅行会社による代理販売に頼っていた部分が多分にありました。これはマスメディアがあって、その広告枠を販売する広告代理店が存在するのに近い。ところが、Web直販の発達やマイレージによる囲い込みが進んだ結果、航空会社はもう旅行会社を必用としなくなりつつあるんです。これもまた、力のあるネット媒体が直接、クライアントからの指名で広告枠などを販売できるようになったのと構図が酷似しています。以前に少しだけ総合広告代理店のネット部門にいた身としては、どうしてもこの2者がオーバーラップしてくる。

でも、旅行業界の場合は話が更に複雑。上記のような背景で利益を得られなくなった旅行会社はどうしたか。もはや「手数料」という形で、お客さまから「サービスを継続するだけの僅かな料金」を頂くより他に手段がなくなったんです。でもこれには2つの「手数料」があって、
1.今まで「お客さまサービス(付加価値)」の一環で、お客さまには見せずにサービスしていた(人件費を伴う)手数料を頂くしかなくなった→元来は発生すべきだった手数料
2.人件費がかからないはずのオンライン販売においても発生する手数料
があるんです。

1.はまだ分かりますね。逆の視点で言うと、もしかしたらこれまでのこの業界がサービス過多だったのかもしれない。でも2.はどうでしょう。他のオンラインサービスで考えたら、ネットなのに手数料がかかるなんて納得できない話。でも各社、事業存続のために仕方がないのと、そもそも航空券手配を完全にオンライン化するのが難しいという裏事情もあります。だから、オンラインの海外個別手配業界は複雑なんです。しかも、場合により航空会社はお客さまからの問い合わせに対し、旅行会社経由で購入したものは旅行会社で対応するよう差し戻してくる場合もあり・・コミッションもなし、契約関係も(個別手配なので)「お客さまと航空会社」なのにも関わらず、です。

と、話がここで終わればまだギリギリ理解できます。ところがこの市場を更に複雑にしているのが、そう、前述の生保業界と同じ「各旅行会社独自の手数料設定や見せ方」なんです。確かに、利益確保に苦しいなか、そうした競争が起こるのは必然といえば必然。でも、お客さまの立場に立ってみたらどうでしょうか。皆さんも、海外航空券を検索していて、いつの間にか最後の購入画面で値段が上がっていたり、そもそも検索結果画面に出てきたから「空席なんだ」と思って購入手続きをしていたら同じく最後になって「満席です」と言われ、店舗に電話してくださいとか、最初からやり直してくださいとかの案内を受けた経験は無いでしょうか。自分も海外旅行はいつも個別手配なんですが、今の会社に入るまでこの落とし穴を「当たり前・海外の個別手配ってこういうもんなんだ」と思っていました。でも、それは決して良くない、正さなくてはならない。そういった思いから、今回のブロガーイベントを企画したんです。

* * *

という訳で、下のリンクにもあるように、このイベントではここまで説明してきたような「業界の裏側」を、おそらく業界で初めて(?)、(さすがにここでは書けないけど)具体例も交えながら、しかも業界のリーダー企業の看板を背負って暴露・・ではなく「正しいことをキチンとご説明」したんです。

一般に(今回お願いした会社さんの事ではないです)、ブロガーイベントというと、主にメーカーさんなどが「新商品が出たからぜひ見に来てください、そしてブログで宣伝して下さい」といった「広告色」が強いものが多い。でも今回、自分はこのイベントをそうしたくなかった。ブロガーさん=情報感度が高く、かつ今回の場合は「個別手配での海外旅行が好きであるが故に集まって」頂いた方々に、まずは「正しい情報」と「間違った情報で失敗しないように」ということをご説明したかった。実際、ご参加頂いたブロガーさんの中にも「今回はいつもとちょっと違う」と書いて下さった方もいて、自分の想いが伝わったことを嬉しく感じました。

実際、通常はブロガーイベントというと質疑応答の際にブログ名やハンドルネームで発言される方が大半なのですが、今回はなぜか皆さん実名で名乗って下さっていた。これは皆さんが「ブロガー・ブロガーイベント」という枠を超えて、海外個別手配が好きな「1個人(1旅行者)」になって下さっていた事の現れだと勝手に解釈してるんですが(笑)、これも非常に嬉しい出来事でした。

そしてイベント後半は、まだまだ発展途上の自分たちのサービスについて、「mediologic.com」のタカヒロさん、「みたいもん!」のいしたにさん、「サポティスタ!」の岡田さんという豪華アルファブロガーの方々も交えての、我がサーボスに対する改善アイデア提案会(ディスカッション)。さすが皆さんネットの専門家×旅行好きとあって、出てくるアイデアはどれもこれも目か鱗の内容でした(ここで頂いたアイデア、必ず少しづずつでも実現しなくては・・)。

* * *

閑話休題。自分がこの業界に入って強く感じたのは、旅行、特に海外旅行って、ネットでもリアルでも「困っている人」が沢山いて、そしてそれを経験ある人が皆で「助けようとしている」ということ。ネット上で言えば「教えてgoo!」や「mixi」のコミュニティなどで、日々たくさんのこうした「助け合い」が起きています。

これは講演の最後でも話したんですが、自分は(月並みだけど)インターネットの可能性はあくまでシンプルに「コミュニケーションの可能性を広げるもの」だと思っています。その文脈で考えると、海外の個別手配旅行ほどこの「可能性」と親和性が高い業界もなかなかないんじゃないかと思っています。なのに、業界全体を通じて、仕方なのない事とはいえ、グレーな情報や誤解が世の中に溢れているうちは、この市場は発展しないんです。だから自分はそれを変えていきたい、その第一歩が今回のイベントだったんです。

最後に。自分も海外にはよく行きますが、ある程度慣れて来たら(もしくは最初からでも)絶対に個別手配で行った方がいい。行く前の情報収集、自分で自由に歩き回って初めて気付くその国の文化(たとえば交通標識1つとっても、お国柄が様々です)、現地の人とのコミュニケーションetc。言葉が分からなくたっていいんです。それに「多少のトラブル(道に迷ったりとか、うっかり異文化のマナー違反をしてしまったりとか)」も必ず自分の人生にとっての良い経験になります(危ない地域の情報とかだけは知っておかないといけないけど)。

そしてこれはあくまで個人の意見ですが、旅行業界の用語である前述の「FIT」の「I」は、単なる購入手段を区別しただけの意味としての「Individual」ではなく「Interactive」なんじゃないかと思うんです。ほら「インターネット=Interactive」とここでも重なるんです。

ネットマーケティングに長年関わっている身として、自身のキャリア云々の前に、何より個別手配での海外旅行が好きな1個人として、何とかこの業界を変えていきたい。そして、世の中の人々もきっとそれを望んでいるということを心から感じることができた、そんなブロガーイベントでした。

※でもこれはまだまだ「小さな第一歩」。ここで得たものを糧に、これからどんどん前進していかなくては、なんです。

■ネット航空券販売「業界の裏側」ブロガーミーティング
・イベントレポート
・ブログ記事一覧


  
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2010年05月26日

時代を変える第一歩に‥

明日(というか今日)はいよいよ一年半かけてようやく社内で企画を通した、アルファブロガーさんを集めたセミナーでの講演。タイトルは何と「業界の裏側公開」セミナー。

マーケターとしての自分の経験を試したくて、最大手の広告代理店から一念発起、未だネットマーケティングが未開拓のこの業界に転職したのが約二年前。ところが実際に中に入ってみると、何よりサービスを提供している側こそが市場を難しくしている事に気付いた。さながら一昔前の金融業界のように。

そんな市場だからこそ‥過去のキャリアでアパレルの販売やカスタマーサポートを経験してきた自分は、何より「お客さまの声」に耳を傾けたくて、沢山の顧客アンケートなどを通じてサービスやプロモーションを改善してきた。

そして今回いよいよ、情報感度の高いアルファブロガーさん達とのコミュニケーションの場に踏み出す。より鋭い指摘や意見も覚悟で、まずは不透明な業界の間違った情報を正すお手伝いをお願いし、かつ、まだまだ未完成の自分達のサービスに対して沢山の議論を重ねたいと思っている。

それを、何と業界最大手の会社自らが行う。だからこそ、社内で理解を得るのが本当に大変だった。

そしていみじくも今日は、このまま仮眠をして駅前で販促ティッシュの街頭配布。自分の原点であるアパレル時代の呼び込みやチラシ配りの想い出がよぎり、血が騒ぐ。

街頭販促もお客さまセミナーも、ネット専業のサービスはまずなかなかやらない手法。だからこそ自分が過去に、まさに「現場」の泥臭いマーケティングで学んできた経験をどんどん持ち込んで、まだまだ狭いこの市場を、まだまだ楽しさが本当に理解されていないこの市場を、少しでも広げる努力をしたいと思っている。

今日はその本当に小さな第一歩だけれど‥集まって下さる方々の反応をしっかりと体に刻みこんで、次の一歩に繋げていきたい。

それでは少しだけ休みます。結果がどうであれ、今日というこの日が、自分のキャリアの新たなスタートになることだけを信じて。
  
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2010年05月14日

久々にマーケ話を少々。

といっても携帯からだから手短に備忘録として。

* * *

「イノベーション」は必ずしも技術の隙間(ニッチ)にのみある訳ではない。

消費者の生活の隙間にあるニーズが「仮視(可視の一歩手前の段階)」出来たとき、この領域(ネットマーケティング)にいると、どうしても技術でそれを具現化し、広げたくなる。

でもその隙間を埋める手段は何も技術でなくとも、顧客とのコミュニケーション(対話や電話、メール)の僅かな見直しや、既存のプロダクトやサービスの顧客満足視点での改良、はたまたそれらを生み出し営む企業スタッフの意識改革、組織改変によって解決できる場合もある。

そしてこれらのソリューション手段を一通り持っている事こそが「事業会社側のマーケター」の醍醐味なのかもしれない。

* * *

これまで自分は「ネットマーケターとしてイノベーション(もしくは既存のものでればブレイクスルー)を生み出す」事に拘ってきたけれど、少し視野や言葉の定義付けを変えてみるのもいいかもしれない、と最近ふと考えだした。

そう考えると、これまでさんざん唱えてきた「現場(販売・コールセンター)出身のマーケター」という自分の強みを活かせるフィールドがまた違った角度で見えてくる気もするし、ともすれば自分のもう1つの「軸」たる「教育」という概念すらもそこに統合できるのではないだろうか‥??


って、欲張りすぎかなぁ(笑)
  
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久々に見る運河

482a6a33.jpg今いる会社の入社初日に思い描いていた「マーケティング」に対する様々な想い。

あれから一年半以上、怒涛の日々の中でなかなか前に進めなかったけれど、最近になってようやく当時の企画やアイデアを実現できる土壌ができ、先日その「大きな変化のための小さな一歩」を踏み出しました。

思えばそんな入社初日も、この場所で写メ撮って日記を書いたなぁと思って久々に撮影してみた。

* * *

同時に、最近身の回りでも様々な変化が起き始めている。中には「うまい話」もあったり、肯定されたり、否定されたり、尊敬したり、尊敬されたり。間違いなく今は大きな転機。

そんな中、自分の「軸」だけはしっかりと持ち続けなければいけないし、その上で、より多くの意見にも耳を傾けなくてはいけない。「客観性」を失ってしまったら、自分が自分でなくなってしまうから。

* * *

自分はこの春、大きな「決意」をしました。その決意を実現するためにも‥今は立ち止まっているヒマはない。

勿論、スピードを上げれば向かい風はそれだけ強くなるし、眩しい光に向かえば向かうほど、ふと後ろ向きになった時の影は長く深い。

それでも‥とにかく今はただただ、前進するしかない。
  
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2010年04月24日

よりによってこのタイミングとは‥

今晩は可愛い教え子たちの公演。午後イチから練習のはずが‥緊急対応で会社に向かう羽目に。。

現場責任者として仕方ないけれど、まさかこのタイミングとは。。。

皆ごめん!!終わったら急いで向かうのでー!!!

最近本当に仕事とダンスの両立が難しくなってきているけど、まだまだこんなことでは俺はダンスやめませんよ!!

もっともっと、皆に教えたい・伝えたいことがあるのでー!  
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2010年03月31日

明日から社会人になる皆さんへ(それ以外の人も)

毎年、ダンスやクラブつながりで多くの学生の友人ができ、就職活動を経て社会人になっていく経過を見ています。今年もそんな季節が来たんだなぁと思うと同時に、「自分と干支が同じ世代が遂に社会人か〜」と驚いてみたり笑

で、いつも就職活動の相談などを通じて自分が関わった人に伝えている事を、今年はここに書いておこうかなと思います。それは、営業/販売/企画/生産/総務など後方業務/サービスetc、と職種を問わず、

1.転職市場が流動的な今日でも、新卒で入った会社はやはり社会人としての自分のベースを(いかなる形になるにせよ)形づくる

2.新卒からの最初の数ヶ月、半年、1年、数年をどう過ごすかで、その後の自分のキャリアパスが変わってくる

この2点に尽きるかなぁと(っていっても別にプレッシャーをかけているわけではないです)。

そして、自身の経験だけでなく、過去に経験した新入社員トレーナー職などを通じ、また毎年多くの新卒の友人達の話を聞いてきて、上記の1、2を左右する「ポイント」を、自分は「『2つの客観』というものを意識することが出来るか否か」だと捉えています。

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新入社員の教育では、よく言う「学生気分をまず取り払う」ような研修を行います。でも、これにはメリットとデメリットがある。

■メリット
「これまでの【価値観】を壊し、新しいものを吸収しやすい土壌を作る」
→例えば大学生であれば、今日までは「先輩」であり「最上級生」だった訳です。これが「上は60歳以上」の世界の一番下の存在になる。このガラっと変わった新しい【価値観】をどこまで受け入れることができるかが成長のポイントとなる(これはずーっと旧来から言われていることですね)。
※海外に住んでいたことがある人などは、比較的こうした「違う価値観(異文化)」を容認することに慣れている傾向があるようです。でも自分の例で言えば・・「井の中の蛙」だった事を痛感した瞬間でした。

■デメリット
「企業側の視点(理屈やルール)を押し付けてしまう」
→これは悪い例で、企業に責任がある場合の話。研修で【価値観】を壊すだけでなく、企業の論理を無理矢理刷り込んでしまう(こういう場合に限って教え手は「新鮮な視点・お客さまの視点を忘れずに」とか言います・・)。ところが、教え手自身がすっかり現場離れしてしまっていると、言っている事と求めている事が矛盾してしまう。これでは新卒を採用する意味がない。

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さて。まずメリットの部分で、自分は敢えて【価値観】という言葉を使いました。これが決して「企業のルールや理屈」ではないことに注目してください。ここでは、あくまで「価値観は多様である」という事だけが分かればいい(ロボットになってはいけない)。

次にデメリットの部分で書いたこと。これこそ正に求められている事で、「どれだけお客さまに近い立場で物事を考えられるか」が大切なんです。

つまり理想の状態は、「A:多様な価値観を容認し、新しい情報を素直な眼で見る(自分の経験だけによる先入観を持たない)=客観」+「B:その情報が正しいどうかの判断は『自分がお客さま(もしくはサービスや業務の受け手)だったらどう感じるか?』という視点で決める=主観」。


でも、よく見てください。自分の「主観」を捨てて、多様な価値観を容認することを「客観」と書きました。これを第一の『客観』とします。でも、本来は自分の視点=お客さまの視点=「主観」なんです。つまり「主観=客観」とも言える。そう考えると、本質的には「観」は2つでなくて1つなんです。これを第二の『客観』とします。

ところが、企業側が誤った教育をしたり、受け手である皆さんが受け取り方を間違えてしまったりすると、主観と客観の意味がどんどん離れていく(主観が「客」観からどんどん離れていき、「主」観の要素だけが強くなる)。すなわち、第二の『客観』が「客」観ではなくなっていく。


ややこしくなってきたので話を戻します。結局のところ「世の中や物事・人物や意見を客観視しつつ、判断は主観で行う」というのは、一見どこか矛盾しているように思えます。ここで多くの人が壁にぶつかってしまったり、企業側の方でも間違った教え方をしてしまう。

前に述べたように、主観は、(ここでいう独自の意味付けにおいては)『客観』なんです。そう考えれば、決して矛盾していない。この「2つの『客観』」をバランス良く使い分け、かつ、第二の『客観』を「主」観(=先入観やステレオタイプ)にしてしまわない事が、成長を分けるポイントとなるんです。

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冒頭に書いたように、きっと誰もが、最初に入った会社のことはいつまでもよく覚えているでしょう。もしかしたら、それは「悪い思い出」として残るかもしれない。

でも、新卒を採用しようとする会社は、相当なコストとエネルギーをかけて皆さんを採用し、何かしらの形で教育しようとします。これまでに書いてきたように、企業によってはそのアプローチが間違っている場合もあるでしょう。その結果、入社早々退職してしまう人もこれまでに見てきました。

でも、この『2つの客観』を意識することで、例えば企業側に「至らない部分」があっても、少なくとも新しい【価値観】との出会い(第一の『客観』のきっかけ)になると考えることができる訳です。そして、そんな中でも決して第二の『客観』を忘れてはいけない。


人は、エネルギーのぶつかり合いの中でこそ成長します。そして、新卒を採用する会社の現場には、どのような形であるにせよこの「エネルギー」が満ちているはず。その中で、ぜひ多くの物事を経験し、成長していって欲しいと思います。

自分はこれまでに会社を4つ渡り歩いてきましたが、2つ目の会社からは、あくまで「実力主義」。ひとたび転職の道へ踏み出すと、そこから先は「自分の(転職市場での)商品価値」との戦いの日々です。

皆さんは、もしかしたら最初に入った会社で長い年月をずっと過ごすかもしれない。もしかしたら、早い段階で転職を検討するかもしれない。でも、繰り返し述べてきたように、「新卒でしか学べない事」は確実に存在します。

今はまだピンとこなくても、「まぁそんなもんなんんだ」と今は思ってもらいながら、もし疑問を抱いたり壁にぶつかったりした際、この「2つの『客観』」という考え方を思い出して貰えたら幸いです。

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明日から社会に出る皆さんと、将来一緒に仕事をしたり、もしくは互いの夢やビジョンについて語り合うことができたら良いな、と思っています。そこで最後に、自分の恩師から教わった言葉を皆さんに送ります。

「自らが本質的な変化を求めることによって『選択』に変化が現れ、出かける場所や出会う人に変化が生じる」

「自らの自律的変化に沿った他者の影響を受けることができる」

「そして環境や自分自身に変化が生じる」

「こうして人は成長していく」

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あと数時間後に「社会人」となる皆さんを、心から応援しています。


■FOOMIN'
  
Posted by funkaholic at 21:54Comments(0)TrackBack(0)

2010年02月09日

闘魂注入の‥

37a67b65.jpg恒例儀式、エスプレッソなう

早朝のこの一杯で幾多の課題に対しての解決策が浮かんできます。

とか言いながら、早出するつもりが全く起きられなかったけど(笑)

それでは行ってきます!
  
Posted by funkaholic at 08:59Comments(0)TrackBack(0)