2011年03月19日

いま、必要なのは「ありがとう。」

prayforjapan5
余りにも未整理ですが・・いま現在も、ネット上、身の回り、色々なところで目にしていてどうしても気になるので書きます。

もう、お互いを否定しあうのはやめようよ。もっとお互い感謝しようよ。もっと言えば被災地から離れている我々が、全く別のところでモメてどうするの。




ネット上での報道批判や、発言力がある人への批判、「不謹慎」の是非などについての議論。これはもう改めて言うことではないですよね。

でも、他にももっと問題は起きている気がします(注:今回はあくまで、身の回りの、主にリアルでも繋がっている人間関係について書いています)。


例えば、相手を心配してかけたつもりの言葉、送ったつもりのメール、tweetなどが、その相手にとって「自分の状況を分かっていないくせにそんな事を言うな」という感情に変わってしまうこと。それを後から知って、心配していた側の人間が「ごめんなさい」と言うようなやりとり。

更には、デマやチェーンメールについて。これは始めた人に悪意があれば許されることではない。しかし、たまたま見聞きした情報を、確かに情報の真偽を確認しなかったのは不備だったとしても、それをまず自分の身近な人に伝えようと思った気持ちは、決して悪意ではないし、配慮が欠けていた訳でもない。あくまで不備(ちょっと極論ではありますが)。

もちろん、内容が誤りだった場合はそれを訂正する必要があるけれど、仮にデマを身の回りの人に広げてしまったからといって、必要以上に責任感を感じるものやめようよ。またそれを指摘する側も、「正しい情報はこうだよ」と伝えればいいだけで、そこに「自分の方が正しい」といったような、優劣を想起させる感情を加えてはいけないよ。


それから・・いま日本には色んな人がいると思う。実際に大切な人を亡くしてしまった人、大切な人と未だ連絡がとれていない人、親戚や友人にそういった状況にある人が居る人、仕事などを通じてこの状況下で間接的に辛い状況に立たされている人、日常生活で不安を抱え体調に影響が出ている人・・など。

他にも・・笑顔になろうと思いながらもなかなかできない人、頑張りすぎてしまっている人、頑張る前に自分をまずいたわらなければならない状況にある人・・日常を切り取れば、議論のきっかけになりそうな状況はまだまだあるでしょう。


でも、思うんです。今の日本(日本人)で、この状況に胸を痛めていない人などいない。皆それぞれに、何かを感じながら、苦しみを背負いながら、それでも何か行動したり、発言していたりする。

当然、極度の緊張下にあるために、時には言葉足らずになってしまったり、時には間違った判断があったり、時には自分を見失ってしまっていることもあるかもしれません。

でも、それらは全て、「行動している」もしくは「意識を自分だけでなく、外に向けている」から起きているのではないでしょうか。皆がそれぞれに辛い時に、誰かのことを考えている。それだけ、誰もが頑張っているんです。

だからこそ、自分に対して向けられた「行動」には、感謝の気持ちを持てたら、と切に思います。そしてもし出来るのであれば、一言「ありがとう。」と添える、もしくはそれが難しい文脈にある場合は、そっと心の中でそう唱える。それだけで、物事の見え方がすっと変わったり、楽になったりするのではないでしょうか。


「ありがとう。」


そう、自分が今ただただ願うのは(そして自戒の念も込めて)、お互いの「気持ち」や「行動」を讃え合おうよ。そして感謝しようよ。感謝の気持ちを集めて、もっともっと大きくしていこうよ。ということなんです。





と、本当に走り書きですが・・もしこの走り書きを読んで下さった方がいたら、またこの内容について何か考えてくださった方がいたら、その方に感謝します。



※もう一度書きますが、これはあくまで実際の日常生活に特に焦点を置いて書いています。国の判断や、ネット上の煽動などについては、話が複雑すぎるし、そしてまた新たな議論を生んでしまうので、ここでは考慮していません。その点については、どうかご了承いただけたらと思います。


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