2011年03月13日

今回の震災におけるソーシャルメディアツール利用と「自己顕示欲」とのバランス

今回の震災においては、マスメディア報道の遅れ、電話回線のパンク(制限)などによりtwitter、mixi、Facebookといったソーシャルメディアツールが活躍したのはその後の報道でも明らかにされた通りで、今もなおそれらツールが重要な役割を担っています。

しかしその一方で、デマや煽動が蔓延するなど、これまで以上に「負」の部分も同様に目立ってしまいました。

これは今回の本論ではないですが、以前から書いているように、ソーシャルメディアツールによって作られた世界は、基本的にはリアルの世界と同じだと思っています。「情報は玉石混交」「見ず知らずの人の上情報には慎重になる」これって日常生活においては当たり前の事ですよね。電車の中などでたまたま耳にした話を、多くの友達にすぐさま携帯で送信したりするでしょうか。見ず知らずの人に道端で勧められた商品を、そのまま信じて購入するでしょうか。それはさすがに無いはずです。

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それと同時に、今回更に気づいた事があります。それは、ソーシャルメディアツール(主にtwitter)利用においても「受け手が誰か」を多少なりとも意識する必用があるのではないか、という事です(※twitterは本来「自由なつぶやきツール」であり、それが良い点なのですが、今回はあまりそういう使われ方はされていないよね、という前提に立っています)。

この2日間、twitterで自分の発言がどんどんRTされていく現象が起きました。しかし、そういった方々からのフォローやリスト登録は全くと言っていいほど増えていません(非公開リストに登録されていれば良いのですが・・)。

これを見て感じたのが、今回もの凄く増えているtwitterのRTって、”うがった”見方をすると、RTしている人に「自己顕示欲」が働いているのではないか??という点なんです。

と、いきなり飛躍のある問題提起なので少し細かく書きます。これは非常にデリケートな意見なので言葉を選ぶのが難しいですが・・いわゆる「αツイッタラー」と言われるような、フォロワーが数千もしくは1万以上の人であれば、不特定多数の人々に対する情報の発信者であり、まさに「個人メディア」であると言い切れます。当然、発信した情報の受け手の顔が見えない代わりに、「メディア」としての責任感が伴います(この点についてここではこれ以上言及しません)。


しかし、フォロワー数が数十〜数百前半くらいまでの単位の場合、自分のフォロワーの方の顔が大体分かるのではないでしょうか。もしかしたらそれはリアルの人間関係とほど近いかもしれない。これはtwitterに限らず、よりリアルの関係性に近いmixiやFacebook
など(SNS)では更にその可能性が高い。

とした場合、自分がネット上で見聞きした情報をRTしたり共有する際に、それは果たしてフォロワーさんに必要な情報なのか?という意識も必要になってくるのではないでしょうか。また受け手となった人も、自分のよく知る人から送られてきた情報だからといって、それを更に自分のフォロワーの人に伝える必要があるのか?という過程を経ているかどうかも同様です。これが無いと、情報のばら撒きになってしまうだけでなく、デマなども拡散させてしまう。

ちなみに自分は今回、twitterにおいてまず情報を集め、マイミクの皆さんはまだあまりtwitterを使っていないので、速報性という意味で内容をボイスに転記してきました。まFacebookにおいては主に海外の友人(日本人以外の友人含む)や、日本にいる海外の方に対し(拡散による情報の伝達を目的として)、英語や他の言語のソース投稿したり、(言語を問わない)画像や動画の投稿を行ってきました。

一方でtwitterにおいては、ソーシャルメディアに限らず、ネットマーケティングの現場に長く関わる人間として、デマや煽動を防ぐ努力をしたり、RTの中で語られていない別の見方などを、自分の意見として発信してきました。


ところが今回の一連のソーシャルメディアツールの利用拡大を見ていると、困っている人を助けるための「拡散希望」は、それが真実であれば良いのですが、特定個人に対する批判などの発言や、不安を煽るだけのような発言さえもが、「右から左」に伝わり拡大しているように思えました。

それはもはや「受け手」たるフォロワーの方に意識が向いておらず、また(そうで無いと願いたいですが)支援・応援の気持ちでもなく、ともすれば先に問題提起したような、自身の「自己顕示欲」にすり替わっていないか?と思うのです。もっと言えば、「“自分の”コンテンツ集め」になってやしないか、とすら感じてしまう。

* * *

ソーシャルメディアツールはまぎれもなく「コミュニケーション手段」です。ブラウザのブックマークやブックマークツール(後者にはソーシャルな機能がついている場合もありますが)と違い、twitterやSNSにおいては自分の発言が「双方向」になります。つまり、コミュニケーションが必然的に生じる。逆に単に情報をメモしておきたい(=コンテンツ集め)のであれば、twitterにはお気に入り機能もあるので、あくまで個人として関心のある内容はRTではなくお気に入りに登録するだけでも良い。

上記のようにソーシャルメディアツールにが形成する人間関係を考えた場合には、「知らない人の情報をRTや共有するのであればそのソースがどんな人か確認する」「情報を選別する」必要もあるでしょうし(そこで誤報の拡散が防げる可能性もあります)、また「それを自分のフォロワーやマイミク、フレンドの方々も見るんだよな」という意識も必要になります。またRTした以上は、ソース元の人をまだフォローしていなかったのであれば、「RTをきっかけにフォローしてみても良いのではないか」と思うんです。

もちろん、「自己顕示欲」自体を否定している訳ではありません。ネットは自由な自己表現・情報発信の場であり、そしてそれをより容易に実現させてくれている。しかし、今回のような局面においては、それは求められていないのではないか?という意見です。なぜなら、今回多く発信されているのは「個人の意見」ではなく「情報の引用」であり、それを目的とするのであれば、信頼できるソース元を1度共有すれば済むのではないかと思うからです。

まだ暫くの間、震災に対するtwitter利用は続くでしょう。ここで皆さんにおいては、自分のソーシャルメディアツール上の人間関係がどうであるか、自分はどのようにそのツールを使いたいのか、今一度冷静になって考えてみて欲しいと、今回強く思いました。


※この記事はあくまでソーシャルメディアツールの利用方法についての意見であり、震災自体に対する姿勢・意見は自分のtwitterをご覧頂くことでお分かり頂けると思います。


【3/16追記】
時間がたつにつれて、これまでそこまでソーシャルメディアツール(特にtwitter)を使わなかった人たちがどんどん利用頻度を高めています。情報のインプット用としては良いのですが、アウトプットについては少し冷静になって欲しいです。

我々のように被災地から離れていても、確かに(特に一人で居たりすると)恐いし、誰かと繋がりたくなる。そういった時に地震があると、「地震だ」だけのtweetが大量に流れます。でもそれは、肝心な情報をTLの中に埋めてしまう可能性もある。

そんな時、仲間同士でのtwitter利用であれば、相互フォロー同士で形成された「ビッグチャット」用途を活かせばいいと思います。コミュニティの中の誰か一人にReply(@)で話しかければ、相互フォローしている仲間にだけそれが見える。で、そこにかぶせていけばいい訳です。もしくは、他のSNS(最近使ってなかったものを仲間で復活させてもいいと思います)に分散させるとか。※もちろん、ネットインフラ維持のため、堪えることができる内容(tweet)はぐっと堪える、も時には必要と考えています。

※合わせて、著名な方々やマスコミ報道の「言葉の端々」をつかまえたDisや論争も、できれば減っていってくれたらな、と願っています。。

* * *

3月11日は1日のtweet数が1億7700万と発表されました。それを支えたtwitterのインフラは本当に凄いし、感謝しています。と同時に、もし万が一いまtwitterが落ちたら大変なことになる。

皆さんは、ソーシャルメディアツールの利用方法の区別(利用自体が悪いとは言っていません)について、いま一度冷静になってみてはいかがでしょうか。現在、インフラのスタッフの方々は、きっともの凄い努力をされています。

※ここから先は、皆さんそれぞれの考え方と、ツール利用に「より慣れること」に委ねようと思います。






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