2010年04月26日

【気持ちで踊る】〜舞台『コネクト』を終えて ※長文です

128b70b6.jpg気づけば舞台『コネクト』終了からあっという間に2週間が経ってしまいました。本当は舞台終了後すぐにこの日記を書きたかったんだけれど・・立ち戻った現実はいつも通り本当にタフでタイトで、結局このタイミングになってしまいまいした。

そして自分の中では「えっ、まだ2週間?」はたまた「何だかもう遥か昔のような・・」という気持ちが共存しています。でも間違いなく言えること、それは「今回の舞台を通じて、自分は多くの大切なことを思い出したし、学ぶことができた」です。


まず始めに、今回の舞台を観に来て下さった方々、本当にありがとうございました(また、今回は1回のみの公演だったため席数が非常に少なく、限られた人しかご案内できなかったことをお詫びします)。

実際・・舞台終了後に、自分の生徒の皆や、ダンス仲間、仕事繋がりの方々から「良かった」というお言葉を沢山いただき、そして中には目に涙すら浮かべてくれている方もいて、、、自分も思わず泣きそうになるのを堪えていました。

そしてこの「良かった」という言葉こそが、この公演に対する最高の評価だと受け止めています。例えば「(ダンスや演奏が)上手かった」「(演出が)凝っていた」 ー これは、今回のように本当に「自由」で「素直」で「魂だけで表現する」ような舞台には似合わない言葉※。そんな中「(何だか分からないけど)良かった」というのは、まさに最高の褒め言葉であり、「あ、伝わったんだ」と感じることができた瞬間でした。
※もちろん、それぞれの業界関係者の方からはそうした言葉も必要でしたし、逆にお叱りも必要なんですけどね。なので「似合わない」という言葉に他意はないです。

* * *

さて今日はこの『コネクト』振り返り日記を通じて、自分の「想い・軸」についてお話しさせてください(それを、2つのエピソードでお話しします)。
※かなりの長文になってしまいましたが・・



1.社会人ダンサーとしての「限界との戦い」と、「音楽の力」

いきなり重いタイトルですが(笑)&自分の日常を知らない関係者の方は驚かれるかもしれませんが・・自分は普段(平日)、某企業でマーケティングの責任者を努めています。そして今回の舞台のリハ時期といえば、一般の企業でいう「期末&期初」。事業数字や組織を管理する立場の自分としては、翌年度の数字や実行計画、スタッフの目標設定などが一気にやってくる、師走を超えた「師爆走?」みたいな時期だったんです。

なので、週に2日完徹とか、週末も移動中に常にパソコンを開いていたりとか、時には36時間くらい不眠で(←これ自分の名前の由来とは関係ないですw)働いたりとか、そりゃーもう無茶苦茶でした。

とはいえ、(これは過去に何度か書いてますが)自分にはこの「マーケティング」という職種においても大きな夢があり・・そしてその夢を叶えるために今の会社に転職しているので、決して手を抜く訳にはいかない(なので「労務環境が悪い」ということではなく、自ら進んでやってました)。


でも、ここで「自分、頑張ってたんです」アピールをしたい、という訳では勿論ないんです。今回の舞台で何よりも自分がびっくりしたこと。それは、

「太鼓の音は不眠不休の身体すら突き動かしてくれる」

ことでした。実際、フラフラの状態で参宮橋オリンピックセンターに辿りつき、リハ室のドアを開けると、そこには無数の太鼓の音の「ぶ厚い波」。そしてその音に身を任せて踊りまくっている仲間たち。その瞬間、自分の身体にも無意識にスイッチが入っていました。正に、これが「生音の力」、そして、遡れば、今日のダンスの多くはこうした歴史と文化のある、「生音と一体になった:というか“切り離す”という概念すらない」各種の伝統的な踊りをルーツとしていたことを思い出しました。

そして何より、今回の自分のパートの大半はこうした生音とのセッション(即興)。めくるめく変わって行く楽器のソロと、お互いに掛け合いながら踊る ― ダンサーとして、これほど名誉なことがあるでしょうか。そしてそれは、普段自分が踊っている「録音され、販売されている」一般の楽曲の「音の聞き方」を見直すきっかけにすらなりました。


ここで、1.のまとめとして自分が皆さんに伝えたい事は・・特に自分の生徒の皆は社会人だったり、ご結婚されていたり、また学生さんであっても非常に勉強が忙しい学校だったりと、ダンスを十分に踊る時間もなければ、ダンス以外の日常生活で色んな努力や苦労、もしかしたら悩みを抱えているかもしれません。

そんな時、ダンスは、いやそれ以前に音楽は、自分が今回「極限状態の中で」体験したように、必ず皆さんにエネルギーを与えてくれます。だからこそ、どんなに少しずつでもいいから、音楽を聞き、ダンスを続けていって欲しいなと思います。もちろん、ダンスにこれから挑戦してみたいと思っている人や、他の分野で自己表現をしている人も、同じくそれぞれの分野の根底にある様々な「力」に今一度目を向けていただけたら、この舞台はきっと成功だったんだと思います(これは自分の場合の勝手な舞台の解釈ですけど笑)。

※少し本題とは離れますが、いみじくもこの週末、自分の大事な生徒達の発表会の当日に仕事の緊急対応で急きょ出社する羽目に。この時ばかりは悔しさで「何故このタイミング??もう限界か・・??」と一瞬だけ思ってしまいました。でも、生徒達の発表用の音源をイヤホンで聞きながら必死に仕事を片付け、ギリギリで会場へ。そこで皆が見せてくれた「最高の笑顔」に、どれだけ救われたことか。皆、本当に有り難う。


2.「自由に踊る」

ここでちょっと昔話をさせてください。よく「FOOMIN'さんってどうしてダンスを始めたんですか?」と聞かれます。その答えは・・「学生のころ、失恋したときに地元のワルい友達が無理矢理連れていってくれたクラブで(それまでが本当に、自分で言うのも何ですがクソ真面目だけが取り柄?の人間でした)」、HOUSEのフロアで酔っぱらって、気づいたらドレッドの恐そうなダンサーさん達の前でソロに飛び出してしまい、何やら怪しげなステップを踏んだり、バク転したり(器械体操だけは得意でした)してしまったのがきっかけなんです笑

で、その恐そうなドレッドのお兄さん達に「ド:お前ダンスやってるのか?」「F:いえ、今日初めてクラブに来たんです(どきどき)」「ド:そうか、それなら俺らが色々教えてやる」「F:え、『色々』って・・(リアルにブルブル)」・・という、何ともヤンキーな感じの出会いだったんです(笑)

それ以来、特に踊りを習うでもなく毎週クラブに連れて行ってもらい、上手い人を見つけてはひたすらストーカーのように観察して技を盗もうとしたり、クラブ明けに同じく初心者の友達と六本木駅のホームとかで「その日に見た謎のステップの仕組み」について延々昼間で研究してみたり(今考えると、よく怒られなかったと思う)してました。そう思うと、自分はこのようにして独学でダンスを学んだので、今となっては現場を離れたダンサーではあるけれど、レッスンの中でステップやムーヴを「分解して教える」ことに関してだけはちょっとだけ得意なのかもしれません。

そんな訳で自分のルーツはHOUSEなのですが、段々と色んなジャンルの音楽を聴くようになり、それぞれの音に合わせた表現がどうしても見つからなくて・・26歳の時にいま自分が教えている目黒のStudio Heartsに入会。そこで出会った師匠izumiさん(「FOOMIN'」の名付け親なんです)にダンスの全てを基礎から教えていただき、その後、スタイルHIPHOPやメインストリームのHIPHOP、LOCK、POP、SOUL、レゲエなどをかじりながら、今の自分のスタイルに辿りつきました。


現在に話を戻すと・・今回の舞台の演目で、「無音の中で表現をする」というものがありました。最初に企画を聞いた時は「えっと、それって・・カウント揃える練習が無茶苦茶大変では」「何ならこっそり無線のイヤホンつけようか」なんてことをKATSUさん(ご存知、Breakin’の大御所の先生です)と話したりしてました。でも練習場所に付き、同じくメンバーのイスマエラ君(FAR HOOK CREW:舞台見た人は分かると思うけど若手の超天才ダンサーです)が言った一言。

「何も決めないでやりましょう」

「K&F:え?!」「イ:ソロの順番も全てアドリブで、途中の簡単な合わせと皆で静止する部分だけ決めて、あとはそれぞれが絡み合いながら身体でセッションしましょう。もしかぶっちゃったり間違えちゃっても、それもすべて即興の楽しみということで」

正に、目からウロコでした。何より、実際にやってみたら無茶苦茶楽しい。そんな訳で、作品完成までに僅か1時間くらい、その後もお互いスケジュールがタイトなため3人揃って踊ったのは何と本番が初めて(!)でした。


そしてその本番。そのとき舞台の上で、自分は上に書いた「初めてクラブに行ったときのこと」を思い出していました。実際、自分が舞台上で何をやったか全く覚えていないし、カッコよかったのかどうかも分からない(というか間違いなくカッコ悪かったと思う笑)。でも、「踊ることで表現する」ことに振り切ったこの演目は、ここ数年、音先行でフリも構成も衣装も決める傾向にあった自分にとって、ダンスの「原点」を思い出させてくれました。


そう、あらためて考えてみればHOUSEは非常に自由な踊り。HOUSEという音楽自体のルーツが「ジャズやソウル、ラテン、もちろんアフリカンなど、一般の人には踊りにくい複雑な黒人音楽を『4つ打ち』という形に落とし込み、多くの人にとって理解しやすいクラブミュージックとした」ことに現れているように、まさに「なんでもアリ」のジャンル。

だからこそ、自分はもっと多くの人に、HOUSEを通じて「自由に踊る」ことの楽しさを知ってもらいたいんです。HOUSEというとどうしても「マニアック」「難しい」というイメージがあるけれど、そんな事はないんです。自分がいつも必ずレッスンの中でやっている「リズム遊び」。実はここに、自分の「教えたい事」がつまっています。近年のストリートダンスはどうしても「ジャンル」で踊りをくくってしまう傾向があるけれど、勿論それはそれで大事なんだけれど、でもこうした「自由さ」もどこかに残していきたいんです。

* * *

閑話休題。あらためて『コネクト』関係者のみなさま、本当にお疲れさまでした。そして何より、高校時代からの付き合いという理由だけで(笑)今回のような素晴らしいメンバーと同じ舞台に立つきっかけを与えてくれたkanae、本当にありがとう!

そして・・『コネクト』はこれで終わった訳ではありません。舞台としての『コネクト』は一旦の幕を下ろしたけれど、文字通り「コネクト(繋がり)」は終わっていないし、新たなコネクトも既に始まっています。舞台を観に来てくれた自分の生徒さんがkanaeのワークに行ったり、お互いのlive 情報を伝え合ったり。お客さまから感想や要望をいただいたり。こうして、スタッフとお客さんが、その隔たりを超えて、1つの大きな「繋がり」を創り始めています。


以下に、僭越ながら自分の方で『コネクト』に関するコミュニティを作らせていただきました。現在は便宜上、承認制とさせていただいていますが、この日記を読んで何かしら「共感」を得てくださった方、ぜひ一言を添えていただき、参加していただけたらと思います。
http://mixi.jp/view_community.pl?id=4960342



さて、最後になって・・「結びの言葉」が見つかりません。でもよく考えたら、「結ぶ」必要はないんですね。だって、これはまだ1つの始まりにすぎないんですから。なので、その一言をもってこの日記の締めくくりとさせてください。ここまで読んで下さった方、ありがとうございました。


■FOOMIN'

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